タンポポライオンのブログ (ダークサイド)

タンポポとライオンは、ボブマーレーの本、 (ライオンのうた)のナッティーから付けました。 心の波動を広げてバビロンに勝つという本です。

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人を殺した事ありますか?

いきなり「人を殺した事ありますか?」とはビックリされたでしょう。
アクセスアップには題名は重要です( ´艸`)

しかしふざけている訳ではなく、私達は人を殺した事などないですよね。
有ったらちょっと困りますが、

日本に住んでいる限りみんな、間接的には人殺しに参加している、
これは世界の飢餓や 中東の戦争に参加した時点で自動的に
そうなってしまいます。

知らなかった これは罪ですよね。
知らなければ何をしても良いのか?と言う事です。

私達の町に殺人鬼がいたら 私達は大騒ぎします。
しかし戦争という殺人鬼には、あまりにも鈍感です。
食品や原発、薬品やワクチンなどに
立派な殺人が含まれています。
最近も癌の薬で沢山の人が亡くなりましたよね。


気がつかない人 知らない人 このような人は、
マナーを知らない人と同じく、罪だと思います。

さて 私達は人を直接殺した事はないでしょう。

しかし動物 ペットを殺してしまった事は有ったのでは
ないでしょうか。

私は今も心に残る影が有ります。


子供のトラウマ どうしても切れてしまうキーワード

以前私の過去のトラウマを書きました。

それは中学時代の頃の事でした。
ちょうど 小学校時代の悪さが災いして、クラスから村八分に
されていた頃の話です。

私にはたった一人の友達がいたのです。

それはセキセイインコの「クッピー」生まれたての雛です。
私の溺愛は普通では有りませんでした。
私の事を親だと思って、安心してお腹の上で眠るその愛らしさ、
私は一日中一緒にいました。

その日は試験の前日、クラスから完全無視されていた私は、
その頃勉強しかする事がなく、成績はトップの方にいました。

マイコーチという参考書を広げて夜中までベットで勉強
していました。

「クッピー」はいつものように私の脇の下などにもぐりこんで、
かわいい目を閉じています。
私は可愛くて 可愛くて仕方なく、頭を人差し指で優しく撫ぜたり
していました。

朝 突然の悪い予感に飛び起きた私は、
恐る恐る体を起こしました。

そこには 完全に潰れた「クッピー」の姿がありました。
内臓のものは飛び出して・・
昨日の夜と同じく 可愛い目を閉じたままに。

私は今でも妻を腕枕すると思い出すのです。
潰してはしまわないか、そして非常に落ち着かないのです。

私は 溺愛と不注意に今でも恐れを感じているのです。
私は初めて、愛する者を殺しました。
これが今でも私のトラウマになっている事は知っています。

物言わぬ愛らしいペット
これが死ぬ時の悲しみは、尋常な事ではないですよね。
ペットの死を経験した人は、ペットを飼うのを恐れます。

しかしペットは死をもって、子供達に愛する物を失う悲しみを
教えてくれます。



最新注目記事 エジプトデモについて、これは分かりやすく
信頼性が高い記事です!!

wantonさんののブログ



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  1. 2011/02/05(土) 19:54:44|
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人生山あり谷あり 平らあり。

PUNKな情報満載のチャンドラーさんのブログを見てたら、
も一つ思い出しました。

所で、皆さんは、
犬派か 猫派 どっちですか?
私は犬派です。

20代の頃の話しです。
集配のバイトしてました。
ちょうど、精神的に限界状態だったころです
得意先の会社の庭には2匹の巨大で真っ黒なドーベルマンがいました
両サイドに鎖でつながれていて、誰にでも吠えかかります。
鎖はちょうど1mほどの隙間が開くように調節されていますが、
人がそこを通ると、走ってきて鎖でギリギリ寸止めされて、
2匹とも、立ち上がる格好になります。

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毎日、吠え付けらていたため、さすがに、犬好きの私も
不快感が限界にきていました。怒り

けたたましい声と同時に、ドーベルマンが、走ってきます。
「この!クソ犬どもが・・」
と、思いっきり、敵意丸出しで、睨み付けてやりました。
まあ この場所なら大丈夫と見込んで、

いたはすが・・・

「ガブッ ガブッ」

「エッ??」叫び

くっ 鎖が長い・・・

私の両足に、凶暴に白目を剥いた2匹がカブリついていたのです。
あの凶暴さと、しつこさ、執念と言ったら、まるでサメのようでした。

私は2匹を振り切って、まるでスキー板で山を登るように、
無理やり2匹を引き離しました。

ブラックスリムのジーンズは裂け、血が滴っています。血

飼い主に「あの・・噛まれたんですけど・・」
と言うと、
飼い主オヤジいわく、アッサリ
「ああ・・医者に診てもらってくれ」と、一言。

「あの 鎖長くなってませんか?」と聞くと、
一緒に犬の所まで出てきて、「ああ、長いようだね」で終わり。

そして、犬に「ダメじゃないか!」と言いながら、なんと・・
頭を撫でているのです・・。

私はぐっとこらえて病院にいきました。
今も脛に10センチ程の噛み傷が、残っています。

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数日後 別の得意先に行きました。

小型犬がキャンキャン吠えていました飼い主のおばさんは 
コラ!とか言いながら、奥へ書類を取りに、行きました。

ドーベルマンに噛み付かれようとも、
私の犬好きは、変わりません。
なので、そのワンコを、
なでてあげようと手を出したその時・・・・・・

またしても「ガブっ」甘噛み

私は必死に振り払いましたが、時既に遅し・・・
私のギタリストとして大切な指は、引き裂かれ血みどろに
なっていました。

おばさん戻ってきたので、「あの 噛まれたんですけど」
と言うと、

「あらぁ? おかしいわね 何か変な事したんじゃない?」

「ばばあ! ふざけるな!」とは言わず、

「いえ 撫でようとしただけですけど・・」と出来るだけ穏やかに答えました。

絆創膏を取りに向かったおばさんの後には、
私に向かい、けたたましく吠える犬がいました。

思わす、私は、おばさんが、視界から消えたの確認して、
「愛と悲しみのチョップ」をお見舞いしました。十六文キック

その後も 街でシェパードに襲われ、肩を噛まれ、
飼い主2人が必死で引っ張るという事件も有りました。


いったいあの時期はなんだったのでしょうね
何ゆえ、犬好きの、コノ私が、犬に噛まれまくったのでしょうか?


最期におきまりの、うんちくを述べます。

類は猛獣をも呼ぶ

赤くなれば 朱に包まれる(多少変更)

人生山有り、谷有り、平らあり(どの道苦労は同じ。)

あやすみなさい

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  1. 2011/01/10(月) 22:44:47|
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兄貴へ

兄貴はずっと独り身だから、寂しい思いをしていないかな。

今年 兄貴が胃の出血で倒れた時は、本当に泣きそうになったよ。

死ぬんだって 本当に思ったよ。

親父もお袋もそう思って、岩手から車を飛ばして来たんだ。

自分の体は自分の物だけじゃないんだから、

大好きなコーラのガブ飲み 暴飲暴食はもう止めてくれよ。


兄貴とは 本当によく喧嘩したよね。

中学の頃は、ナイフと金属バットでにらみ合っている所に、

母さんが 包丁で間に入って 大事な箪笥に突き刺した事

もあったね。

当時、近所でも有名な 中の悪い兄弟だったと思うよ。

喧嘩は 小さい頃から毎日のようだったからね。


だけど 思うんだ。

兄貴は 母親の愛情を私に取られる事が、トラウマだったんだ。


私の妻も、長女だから、親戚や親の愛情がすべて、自分から

消えていくのに、恐怖を感じるんだ、と言っていたよ。

すごく妻の話は 勉強になったんだ。


「お兄ちゃんなんだから 我慢しなさい!」

これは 当たり前の時代だったし、ずい分悲しい思いをしたんだね。


私はずるがしこいから、親を味方にしたり、泣いたり、

愛情を独占する方法を知っていたと思うよ。

不器用な兄貴をいじめるのは得意だったんだ。

かわいい子を演じる事くらい お手のものだったし、

実際 かわいかったからね(笑)

生意気で 本当にイライラしたんだろうね。

嫌な弟だったと思うけど、意味も分からず殴られたりする事に対して、

その反撃でも有ったんだ。


結局 親の愛情の奪い合いだったんだね。


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前に田舎に帰ったときに、兄貴の話になったんだ。

お父さんが、兄貴が昔に、 

「ボクを捨てないで」

と言って泣いた時の事を話してくれたんだ。

あの時の 悲しそうな顔が忘れられない、と

涙をこぼしていたよ。

父のそんな涙を、初めて見たよ。

母親は箪笥から 兄貴の書いた手紙を出してきたんだ。

「お母さんがいないと ダメな人間です ゆるしてください」

私は、笑っちゃったよ。

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でもお母さんは 泣いていたよ。

兄貴にばかり 「お兄ちゃんなんだから!」と言ってしまったと。

そして 後悔していると言っていたんだ。



それで、私は 両親に頼んだんだ。

「もういい歳だけど、きっと兄貴はそのトラウマから、

開放されていないんだ。

私は妻もいるし、充分すぎる愛情をもらって、

自由奔放に生きてきたから もういらないよ。

どうか 兄貴に全ての愛情をあげて下さい」って。


お父さんも お母さんも うなずいてくれた。

それで 毎年 遠く岩手から兄貴の一軒屋に掃除に来るんだよ。

それで1週間以上 滞在したりするんだ。

うざったいと、思うかもしれないけどね。

そういう事だったんだよ。


相変わらず 洋服を買いまくって、部屋を埋めているらしいけど、

間違いなく これは「寂しい」というサインなんだよ。

兄貴は昔から頭がいいので 分かってるよね。

一人が気楽で 女性はいまさら面倒なのはわかるけど、

野良猫の世話をしたりしている、なんて父から近況を聞くと、

本当に心配なんだ。


お兄ちゃん 

ブログ時々は読んでくれ。

そして 体には充分気をつけてくれよ。


弟の言う事も少しは聞いてくれよな。

兄弟なんだからさ。




生意気いってゴメン


メリー クリスマス


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  1. 2010/12/24(金) 07:41:52|
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お菓子のひとつでも


昨日の騒音おばさんの事で思い出したんですが、

そういえば アパートって 上下の部屋で頻繁に騒音の、

問題がおきますよね。

私の一人暮らし時代の事を少し書きますが、

このような事で苦労した人は、アパート暮らしした人なら、

殆ど経験しているように思えます。


私がアパートで一人暮らししたときは、バブル絶頂の頃で、

プラモデルの様な 壁の薄いアパートが次々と建っていました。

私はあまり騒音の事は考えずに、家賃だけで安い所を選びました。

これが、不幸の始まりでした・・・


新築のアパートで 最初は上下 左右 空き室だったのですが、

下に、男が入りました。

しばらくすると、夜12時頃から 音楽をかける様になります。

低音(ベース音)は、必ず 響いてくる物です。


私は、早朝の出勤なので、だんだんと負担になっていきます。

なにせ 床に布団で寝ているのですから、かなり響くし、

実際 下の住人のオナラの音まで聞こえる 安作りアパート

だったのです。

だんだんと 神経質になり、猛烈な怒り、キレやすい状態にまで、

追い込まれていきました。

私も 夜中に起こされた反撃で、

箪笥ほどの大きさの、マーシャル(ギターアンプ)にベースギター

をつなぎ、フルボリュームで こんなに響くものだという事を

知らせる為に鳴らしたりしました。

その音量は、まあ、ガラスが割れるかも!という位です。(笑)

ま その後は、泥沼の嫌がらせ合戦ですよ・・

さらに、隣に外国人グループが入れ替わりで10人ほど住み始め、

女性を含め エンドレスで宴会を始めます。

さらに 大家さんの犬が病気で苦しみ、うめき始めました。


精神が ボロボロになって行くのを感じていました。、

アパートを出ようと幾度と考えましたが、

負けたような 悔しい気持ちになるので、

その場所に縛られていきました。


ある朝 大家さんの犬が 階段を下りた所で、

病気の苦しみから、暴れたらしく、足から出た血が、

コンクリートに無数についているのを見て、

私は アパートを出る事を決断しました。


このような問題の解決方法は、挨拶以外ないですよね。

アパートに後から来たら、お菓子の一つでも持っていって、

「なにかご迷惑な事があったら 言ってくださいね」と

笑顔で言う事。

合ったら 笑顔で挨拶する事。

お互いに、どんな人間なのか分かっている事が大切ですよね。


若い頃の私は、

そんな簡単なことさえ出来なかったんですよ。


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  1. 2010/11/28(日) 10:22:55|
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切手の話(親友にあやまりたい事)

 
もし私の命が、後3日であるなら、

と、私は、時々、本気で想像する事をします。

本当は、何をしたいのかと、

すると、大切な事が色々と見えてくるからです。

私がその様な事を考えるたびに、

いつも浮かんでくる、ある一つの風景がありました。

それは 親友に全てを打ち明けて、謝っている姿です。


以下 切手にまつわるその話を書きます。


一年ほど前の話です。

両親が、田舎の岩手から私の家に遊びに来た時に、

私は親孝行のつもりで、昔、一緒に暮らした町を、

あちこち車で案内していたのです。


「なつかしい」「なつかしい」と喜ぶ顔を見て私も、

嬉しくなると同時に 子供の頃を思い出していました。

母が 「昔すんでいた家の近くのケーキ屋さんの

シュークリームが食べたい」と、言いました。


そこは 私が田舎から出てきて、初めて友達になってくれた、

H君の両親の店で H君と私の親も、親同士交流があったのです。

(現在、H君がケーキ屋さんの店主となっています)

母には、「オレは車で待っているから いってきな」と

妻に一緒に行くよう促しました。

すると 妻も母も、しつこいくらいに、私の同行を

勧めてくるのです。

「恥ずかしがらないで 行こうよ H君いるかもしれないよ」と。



私は、だんだんと不機嫌になって行きました。

父が何かを感じたらしく、

「嫌だと言っているものを 無理にいかせるな!!」と

一喝したので、私はそこで待っている事が出来ました。


田舎にもどる、両親を見送った後、

私は、ケーキ屋に行かなかった理由を、妻に話しました。


小学校3年生頃の事でした。

私が学校から帰って ランドセルの中身を出すと、

見慣れぬノートが入っていました。

「なんだこれ?・・」

開いてみると ノートに数十枚の切手シートが、

はさまっていました。

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私はその美しい物に我を忘れて、ひたすら切手を、

点線にそって シートから切り離していきました。

その作業は、数日に及びました。

今思うと、何という阿呆だったのだろう。


その数日後、私はH君と、このような会話をしました。

H君男の子。「オレ 切手集めてるんだ」

男の子。「え オレも集めてるよ!」


それから 私は、その指紋でベタベタの、

一枚一枚切り離した切手を、H君に見せました。

H君男の子。「シートからバラバラにしたら価値がなくなるよ?。

こうやって ピンセットで掴むんだよ」

とH君から優しく教わったのであります。


それから 私達は切手の発売日には 冬の早朝であろうとも、

カイロや販売機のミルクセーキなどで、体を暖めながら、

2人で郵便局の前で、記念切手を買う為に並ぶ様に

なって行きました。

H君は、お金持ちなので、沢山の切手を買っていましたが、

私が、買うのは、いつも一枚でした。

でも、当時の私は、そんなことは気にもしていませんでした。


ある日 H君が切手を盗まれたとを ポロっとこぼしたのです。

「ノートの最期にはアメリカのお金が入っていたんだ」、と

私は 悪い予感がして 切手が挟まっていた、

例のノートの最期のページをめくりました。

ドルのお札が出てきたのです。

「あ!」

言い訳を許してもらえるなら H君は隣の席だったので、

間違えて私の机に、ノートを入れてしまったのだと思うのです。

私は始めて 事の重大さに気が付いたのです。

なにせ、切手シートをバラバラにしてしまったのですから。

そして、私はこう考えるようになりました。

H君は 私が盗んだ事を知っているんだ、と。


それからも 二人の記念切手収集は続き、

親友関係も 小学校卒業まで続くのですが、

笑顔で遊んでいても どこかで、

逃げたい気持ちでいっぱいになっていました。

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その頃、Y君という、クラスメートが私の前に現れます。

Y君は、私が切手収集をしていることを知り、

デパートでカバン一杯の切手を万引きして、

私の興味をひき始めます。

(以前に書いたブログ、子供のトラウマのサルの様に蹴られた子です)


私は、Y君から、その切手を半分もらい 

H君の切手をその大量の切手で埋める事で、

H君に切手帖を見せた時に、分からないようにしよう、

自分の行為を、なかった事にしようという、

身勝手な発想を展開しはじめます。


私は、この、身勝手な発想に夢中になって行くうちに、

Y君と共に、悪さを始めるようになって行ったのです。

H君とは 中学も同じ学校でしたが、私は逃げるように、

親友を遠ざけて行ってしまいました。


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数ヶ月前 妻が


H君の店の シュークリームを買ってきました。


「H君と会ったよ」と妻


「え!・・そうか・・」


「全部 話してきちゃった」


「んん?」


「切手の話したよ」


「・・・・」


「ぜんぜん わすれてたって!」 



「会いたいっていってたよ!」




H君が、私について、私の事を懐かしく思ってくれて、

昔の事とか、色々話をしてくれた内容を、

詳しく妻から聞いているうちに、

胸の奥から眉間にかけて、

痛いほどの何かが込み上げてきて、

嬉しくて、嬉しくて、嗚咽しそうになるのを

妻の手前、やっとでこらえていました。

と同時に、私にのしかかっていた、何かが

「スッ」と離れていくのを感じていました。



私は その後、妻に隠れて泣きました。




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  1. 2010/11/14(日) 13:29:22|
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